=== ローマ帝国時代にまでさかのぼるとされる説 ===
バレンタインデーの歴史は、<ローマ帝国>の時代にさかのぼるとされる。
当時、ローマでは、2月14日は女神[[ユーノー|ユノ]]の祝日だった。
ユノはすべての神の女王であり、家庭と結婚の神でもある。
翌2月15日は、豊年を祈願する(清めの祭りでもある)
【ルペルカリア祭】の始まる日であった。
当時若い男たちと娘たちは生活が別だった。
祭りの前日、娘たちは紙に名前を書いた札を桶の中に入れることになっていた。
翌日、男たちは桶から札を1枚ひいた。
ひいた男と札の名の娘は、祭りの間パートナーとして
一緒にいることと定められていた。
そして多くのパートナーたちはそのまま恋に落ち、そして結婚した。
ローマ帝国皇帝[[クラウディウス2世]]は、愛する人を故郷に残した兵士がいると
士気が下がるという理由で、ローマでの兵士の婚姻を禁止したといわれている。
キリスト教司祭だったウァレンティヌス([[バレンタイン]])は秘密に兵士を結婚させた
が、捕らえられ、処刑されたとされる。処刑の日は、ユノの祭日であり、
ルペルカリア祭の前日である2月14日があえて選ばれた。
ウァレンティヌスはルペルカリア祭に捧げる生贄とされたという。
このためキリスト教徒にとっても、この日は祭日となり、
恋人たちの日となったというのが一般論である。
=== 欧米 ===
[[ヨーロッパ]]などでは、男性も女性も、
[[花]]や[[ケーキ]]、[[カード]]など様々な贈り物を、
恋人や親しい人に贈ることがある日である。カードには、
「lang|en|From Your Valentine」と書いたり、
「lang|en|Be My Valentine.」と書いたりもする。
欧米では、日本に見られるような、
ホワイトデー(バレンタインデーと対になるような日)の習慣はない。
贈り物の種類はさまざまであるが、チョコレートも贈る習慣は、
19世紀後半の[イギリス]ではじまった。
[キャドバリー・シュウェップス|キャドバリー社]の2代目社長リチャード・キャドバリーが
1868年に美しい絵のついた贈答用のチョコレートボックスを発売した。
これに前後して、キャドバリーはハート型のバレンタインキャンディボックスも発売した。
これらのチョコレートボックス等がバレンタインデーの恋人などへの贈り物に
多く使われるようになり、後に他の地域にこの風習が伝わっていった。
なお、英語では固形チョコレートはキャンディの一種として扱われることもあるので、
この製品のことを「キャンディボックス」と表記している文献もある。
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